てるてるブログ日記

音楽とか読書とか、

「温かい人」になる「心の勉強」を

 

「自分は、人より偉い」と思っている人間はそう思っている分だけ、「マイナス人間」なんです。ところが、社会的に地位がある人ほど、心の中で、そう思っている人が多い。

 

多くの場合、医師は患者よりも自分が偉いように錯覚する。政治家も国民より自分が偉いように錯覚する。法律家も、そうです。学者は、自分の専門のこと以外は、知ろうとしないのに、自分が他の人より偉いように錯覚する。自分が食べるお米も作れないくせに、農家の人より自分が偉いように錯覚する。

 

そういう「人間を見くだす人」が高い地位にいるせいでは、いつまでたっても、社会はよくならない。その間違った考えを、ひっくり返さなければならない。

人を差別するなら、なんのための医学か、なんのための政治なのか。法律なのか、学問なのか、。少しばかりの知識を鼻にかけて、人を見くだすような人間をつくってしまったら、大失敗です。

 

「人の心を大切にする」人を作るための勉強であり、学校です。それが「心の勉強」です。「頭の勉強」だけではなくて。

 

池田大作ー希望対話ーより

 

 

今年は読みたかった本に手が出せなかったなー。でも心に残る本には出会えました。

 

12月には色々と楽になるので、読みたい本読み始めよう。

来年はモンテクリスト伯ノートルダム・ド・パリ三国志を読めるといいなー。

 

 

幸せについて本気出して考えてみるためのきっかけ

 

夏休み中、今年一番刺激を受けた人に出会った。

同じ大学に通うHさん。同じ授業をとる仲間と飲みにいった時にその人はいた。

ほぼほぼ初対面だったけど、隣に座ると人のことをとても気遣ってくれる人だとわかった。

 

僕の通っている学部は通信教育部だから僕と同世代の人はほとんどいない、ほとんどが年上で社会人経験をしていて、仕事の合間を縫って大学に通っている人がほとんどだ。

だから飲みの場にいても、そうした人たちのこれまでの経験、思いを聞くのはいつも楽しいし、勉強になる。

 

そうした中で自然と話題はHさんに移った。彼は最初、俺の話なんかという風に話を拒み続けたけど、結局折れて自身の話を聞かせてくれた。

 

結論から言えば、彼は中学時代相当ないじめを受けていた。学校にいけば机には花が飾られていたこともあったという。きっと僕には耐えられないほどのものだった。

原因は彼がある事情のために学校を休まなくてはならない日が多くあったからだという。でも彼は耐え抜いた。耐えることができたのは、彼には夢があったからだという。それを叶えていつか見返してやろうという思いしかなかった。

 

しかし、現実は残酷なもので彼はその夢を叶えることができなかった。

 

 

でも話を終える時、彼は僕たちに言ってくれた。「去年この話を話したら、泣いてくれる人がいた。こうして語ることで、みんなに認めてもらえるようになって、やっと俺生きててよかったんだなって思えるようになったよ。」と。

 

 

僕にとって生きる目的は幸せになることだと信じている。多くお金を稼ぐことでも、結婚をして良い家庭を築くことでも、自分の欲しいものを手に入れることでもそれは可能であるとは思う。

けどそれができなかった時、人は不幸になるのか。

貧乏になってしまった時、別れを経験した時、何もかも失った時、それは不幸なのか。僕は考える、それだけじゃないんだと。幸せはもっと別の形なんじゃないかと。

 

例えば僕は教師を目指しているから、受験のためだけの学力至上主義ははっきり言って嫌いだ。その価値観は無意味な優越感を子供達に与え、逆に無意味な劣等感を子供達に植え付ける。

高校受験に失敗したらその子のやってきたことは無意味であったかのような学校教育はいらない。学校という場は彼らが将来幸せになることが大切なんだと教えなければならない。そのヒントをHさんはくれた。

 

失敗して終わりじゃない、自分の思い通りに行かなかったひからと言って不幸じゃない。

絶対それには意味がある。幸せになれるから大丈夫だ、諦めるな。そう自信を持って語れるヒントをこの夏の出会いは教えてくれた。

 

 

yukiyanagi 一番好きな詩

 

「光」が噴き上がっていた。

「命」が噴き上がっていた。

「咲きほとばしる」と言うべきか、抑えても抑えても、抑えきれない春のエネルギーが、

真っ白な「光の噴水」となって、勢いよく湧き出していた。

 

雪柳は「雪」であり「花」だった。「冬」であり「春」だった。

白という光の中に、春と冬が溶け込んでいた。

まるで、希望と苦悩が渾然一体になっている青春時代のように。

青春は、苦しい。悩みばかりだ。しかし、悩みがあるから、心は育つ。

うんと悩んだ日々こそ、一番不幸だと思った日こそ、あとから振り返ると、

一番かけがえのない日々だったとわかるものだ。

 

だから苦しみから逃げず、苦しみの真ん中を突っきって行くことだ。

それが森を抜ける近道だからだ。

寂しければ、その寂しさを大事にすることだ。寂しさや悲しさを、遊びなんかで、ごまかすな。

使い捨てるな。耐えて、耐えて、自分を育てる「こやし」にしていけ。

逃げたくなることもある。

でも、雪柳は動かない。雨の日も、寒風の日も、じっと自分の場所で根を張って頑張っている。

頑張り抜いたから、みんなのほうから「きれいだねぇ」と来てくれる。

人間も、魂の根を張ったところが「自分の故郷」になる。

完全燃焼したところが、心が安らぐ「自分の居場所」になる。

 

私は、みんなにお願いした。

「お父さん、お母さんを大切に」

君たちが生まれる時、どんなに、お母さんがたいへんだったか。

あなたが大きくなるために、両親は、どんなに疲れても、眠れなくても、大事に面倒を見てくれた。苦しい仕事にも耐えて働いてくれた。

 

あなたが初めて声たてて笑った時、初めて歩いた時、どんなに両親は幸せでいっぱいになったか。

病気になったとき、どんなに、おろおろと心配したか。

感謝できる人は幸せな人だ。

 

雪柳は太陽への感謝を忘れない。

太陽は、いつも惜しみなく光を注いでくれた。いつも、ありのままの自分を、そのまま受けとめ、

光で包んでくれた。だから今、雪柳は「太陽への恩返し」のように、明るく周囲を照らしている。

 

人間だって、花と同じように、光がいる。人も、人から大事にされないと、心が枯れてしまう。

 

だから君が、みんなの太陽になれ。

 

人間だって、花と同じように、水がいる。

 

自分で自分を励ましたり、喜ばせたり、心を生き生きさせないと、心は枯れてしまう。

自分で自分を励ませる人は、すてきな人だ。人のつらさも、わかる人だ。

自分で自分を喜ばせる言葉を、強さを、賢さを!

落ち込んだ心を、よいしょと自分で持ち上げて!

自分で自分を好きになれないと、人だって愛せない。

 

記念撮影を終えて、私は雪柳に近づき、カメラを手にした。

 

天をさして咲く花もあれば、地を向いて微笑む花もあった。それぞれの個性が集まって、光の束になっていた。

そして雪柳は、すべての力を、ただひとつのことに傾けていた。

天から与えられた自分の生命を生ききること。自分が種子として持っていたすべてを、表現しきること。自分本来の姿へと開花すること。それ以外、何も願わなかった。

 

ほかの花と自分を比べようなんて夢にも思わなかった。人が自分をどう思うかなんて、どうでもよかった。自分にできるかぎりのことをすること、それしか思わなかった。

今、だれもが個性、個性と簡単に言う。「自分らしく生きる」と言う。

でも本当は、それは茨の道である。みんなと同じようにしているほうが楽だからだ。

 

柳のようにしなやかな雪柳の枝に、無数の星が光っていた。無数の宝石で飾られた王冠のようだった。

そう、自分の道を歩み抜いた人は、だれでも英雄だ。「みんなが一等賞」なのだ。宝冠の人なのだ。

だから「自分にできないこと」ばかり数えて落ち込んだり、文句言ってるなんて愚かだ。「自分にも今、できること」が何かある。必ずある。それを、やり抜く人が偉いのだ。その人が最後は勝つ。

 

 

雪柳は敏感だった。だれかが通り過ぎただけの風にも揺れる。

あなたも、恥ずかしがり屋なら、そのままでいい。無神経になり、デリカシーをなくすことが「大人になる」ことじゃない。コンクリートみたいに固い花はない。花は、みんな柔らかい。初々しい。傷つきやすい。人の思いに敏感なままの、その心を一生咲かせ続ける人が、本当に「強い」人なのだ。

 

運命は外からやってくるんじゃない。君の心の中で毎日、育っているのだ。

毎日がつまらない時。それは自分が、つまらない人間になっているからかもしれない。

人生をむなしく感じる時。それは自分が、からっぽの人間になっているからかもしれない。

人生に、うんざりした時。人生のほうが君にうんざりしたと言っているのかもしれない。

人間は結局、自分自身にふさわしい人生しか生きられない。

だから、成績は中くらいでもいい、人間が大であればいい。頭がいいとか悪いとか、成績だけで分かるものじゃないし、生きる上で大したことではない。

ただ、自分が「不思議だ」と思う疑問を大事に追求することだ。そのことを考えて、考えて、考え抜くことだ。

そして、いざという時、真理と正義のためなら、自分を犠牲にできる人になれ。そんな人が一人でも増えた分だけ、この世は美しくなる。

 

世界のどこかに、君にしかできない使命が、君の来る日を待っている。指折り数えて待っている。待たれている君は、あなたは生きなければ! めぐりあう、その日のために!

 

輝くためには、燃えなければならない。燃えるためには、悩みの薪がなければならない。

青春の悩みは即、光なのだ。

 

雪柳も、冬の間に積もった冷たい「雪」たちを、枝から染み込ませて今、「花」に変えて噴き出しているのだろうか。

中国では、その名も「噴雪花」という。

                     池田 大作 (『雪柳 光の王冠』より)

 

 

 

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頑張らなくてもいいんだよ、ありのままの君でいるなら

 

僕の胸にずっとある詩です。

真田丸が終わった

 

2016年、12月18日、今年の大河ドラマであった真田丸の放送が第50回をもって最終回を迎えました。1週間後の日曜日に真田丸を観られないことが少し寂しいです、これがロスか。。。

 

今まで大河ドラマは観てこなかったけど、真田幸村(実際には信繁)を主人公にしたドラマと聞いて、これは観よう!と思い一月の放送からずっと観続けてきました。

三谷幸喜の脚本が良かったのと、演じる役者が良かったのとで、退屈な回などないほどに夢中になり、毎週放送が楽しみでした。

本当に堺雅人さんを始めとする役者の皆さんお疲れ様でした。

 

真田信繁武田信玄に仕えた真田昌幸の次男としてこの世に生まれ、47歳、夢半ばで散った戦国一の兵と詠われる武将です。しかしその信繁が活躍したのは夏の陣、そしてその前の冬の陣とおよそ8ヶ月の期間だけでした。

ではその8ヶ月の間に信繁は何をしたの?

戦国時代最後の戦が大阪冬の陣と翌年の夏の陣です。この戦で徳川家康は豊臣家を滅ぼして江戸時代、そして徳川の地位と譜系を磐石なものにします。真田信繁はこの時豊臣方に味方し、大阪冬の陣では大阪城の弱点とされていた場所に”真田丸”という出城を築き大活躍、徳川を破ります。翌年の大阪夏の陣では豊臣方が崩れ、負けが明らかになった時に自ら徳川の本陣に突撃、家康をあっと一歩のところまで追い詰めた武将として有名です。

 

今回の真田丸で描かれたのは、真田信繁の目を通した歴史的事件と、真田家のお話。

 タイトルの真田丸とはつまり、大阪冬の陣で徳川を破った出城と、真田家という家族を乗せて行く先もわからない戦国史を旅した家族の話でもあるのです。

 

現代の我々にとって歴史なんて過去のこと、資料を読めば一発でわかるその時代を、実際に生きた人にとっては未来に何が起こるかわからない、それを表現した脚本だったから、いろんな登場人物の判断が、例えそれが間違った判断だったとしても、その立場を考えれば納得してしまう。だからこそ悲しい。心苦しい場面が多々ありました。

この登場人物いいな、って人が多くてそれは脇役であってもすごく感情移入ができるから、兄である真田信之(幸)、豊臣家の石田三成、今回敵として描かれた徳川家康、それぞれがそれぞれの立場でその時その時を一生懸命に生きた、そんな芝居を見せられて心が動かないわけがなかったですね。

 

そして信繁役の堺雅人さん、ほんとーにかっこよかった、優しさと強さを兼ね備えた信繁大好きになった!!!

兄の信幸(信之)を演じた大泉洋さん、今までのイメージから全く異なる真面目なキャラクターは素晴らしかった。

そして父、昌幸を演じた草刈正雄さん、彼以外の昌幸はもう考えられないってくらいピッタリの役でしたね。だからこそ、昌幸がオープニングのクレジットでいなくなった時は本当に悲しかった。

 

今回の大河ドラマを観て、大河ドラマに完全にハマった。真田丸は自分の大河ドラマの原点になりました。

ただいまロス真っ只中12月30日の総集編を楽しみに待っています。

 

 

 

 

夢のこと

 

人間しか夢を持つことは出来ないから、夢を持ち続けるんだよ。

 

今日聞いた言葉、

確かに動物達は夢なんて持ってないかもしれない

 

でも今の時代夢を持つことだって難しい

夢を見るのは自由なのに

 

誰にも言わなくていいから、自分のやりたいことひとつは持っていよう。

出来なくてもいいんで、人間にしかできないことだから

 

あっ、ウクレレを買いました、面白いですこれ

いつの間にか23歳


最近東京に引っ越してきたせいで身の回りの環境もガラリと変わり、バイトも新しく始めてまず自分の生活を作るのが大変です。

今まで栃木にいました、なんで東京に来たの?と言われれば理由は2つ、
大学のため。
23歳になれば年齢的には就職して働いているのが普通なんだろうけど、高校卒業後アメリカに2年間いて自分自身がやりたいことが明確に定まってしまったからとりあえず今は日本の大学(通信制)を卒業するまでは学生で、早く大学を卒業するために東京に引っ越してきたということ。
自分自身のため。
ずっと親に迷惑を掛けながら留学もして実家にいる時は食事も不自由しなくて、正直に言って今までの生活では苦労することは少なかったです。だから自分自身の力で生活ができるようにするために、と経験を積むためという理由で。


もちろんバイトをして生活費を稼がないといけないから、それが生活の中心にはなってしまうんだろうけど、だけど自分の目標は絶対にブレないように。なんのために東京に来たのか、その理由が常に自分の中で明確になっているように。これは心に留めて、これから東京の生活を頑張りたいと思います。

TwitterSNSはあまり投稿しないけれど、日々思うことはたくさんあるから書きたい内容はここに書いていきます。

SMAP頑張れ!GLAYの独立のお話

 

2016年に入り連日報道されていたSMAP解散報道。

解散は嫌だけど5人で独立するなら応援したいなって思いながら見ていました。

GLAYみたいに自分たちで事務所立ち上げたらいいのに、って思っていたけど

スマスマの生放送を見て、あぁ、そうかSMAPは自分たちでハンドルを握れなかったんだ。と解散を回避できたのは良かったけど少し残念でもありました。

 

自分はGLAYが好きです。

きっかけは姉や兄の影響、小学校に入る前に家庭で聞こえていた音楽がGLAYでした。その後2006年に発売されたシングル”G4”から意識的にGLAYを聴くようになって今にいたります。(その時期にGLAYを好きだった兄には感謝!)

当時は中1でしたから、詳しくはわからなかったけれど、その時のGLAYは事務所と揉めて独立、音楽もろくに専念できずたくさんの人達に助けてもらいながら(その中にはEXILE氷室京介さんもいました)1年7ヶ月ぶりにようやくCDが出せた、その記念すべきシングルがこのG4だったのでした。

 

 

【裁判】glayが前事務所と繰り広げた訴訟問題とは? | LAUGHY [ラフィ]

 

リンクも貼りましたが、当時のGLAYは前事務所が印税、コンサートの出演料をGLAYに対して支払わなくなった為にGLAYが独立。同時にその未払金の支払いを求めての裁判を起こしたのがこの時期でした。

その後、GLAYは裁判に勝訴。今までの楽曲全ての著作権GLAY側に認め、またそれまでの未払い金6億7000万を支払うよう裁判所が命じました。(よかったよかった)

現在はTAKUROが社長を務めるlover soul music &assosiatesをGLAY自らが設立し活動しています。今ではHISASHIがyoutuberになったり笑、本当に自由な活動が出来ていてとっても楽しそうなんです。

 

でも簡単に書きましたが独立後は前事務所の圧力からテレビには出演できなくなったり、本当に我々が想像できないぐらい困難で苦しい時期だったと思います。

 

その時期のことを書いた曲、MIRRORとLAYLAはファンの間ではもう名曲ですね。

少し歌詞を抜粋すると

 

時に誇りさえ奪われ信じた者の裏切りを見た
薄ら笑いの影にこれまでの日々が哀しく思えた

 ・・・

今日という日が 明日という日が裏切りばかりの毎日でも
今日という日が 明日という日が心殺すだけの毎日でも
今日という日が 明日という日が絶望ばかりの毎日でも
こぼれそうなあの笑顔を探している

(MIRROR)

 

まだ俺はやれるのさ かつてのように器用には
WOW うまく振る舞えないかもしれないけれど
諦めに舌を出し 消せないのなら戦おう
LIVE FOREVER
足の震えを隠し明日に挑むんだ

 ・・・

夢に破れた俺をお前は一言も責めなかった
俺達はどんな惨めな時も冗談を飛ばし合った
今はうつむいてばかりはいられない

(LAYLA)

 

TAKUROは自らのレーベルを立ち上げる際、過去を振り返りインタビューでこう語っています

明日がどうなるかわらないとか 今就いてる仕事が10年後も20年後も出来るかどうかわからないっていうような世の中であるならば、

なおさら、もう助手席に乗るのはやめて自分でハンドル持ったほうがいいんじゃないのかなって

 

デビューしてから10年くらい俺たちは間違いなく 前のスタッフの人たちだったり、アイデアをたくさん持っているいろんな人たちに「お前らの良さはこうだからあっちにいこうぜ」って助手席に乗ってわー、なんて景色を見ながら目的地に着いていたっていうのがGLAYだったんだろうけど

もしその時にぽんと放り出されてたらGLAYは何もできなかったと思う

だけどあるときからちゃんと自分たちでハンドルを握らないといざって時にメンバー守れないな、家族守れないな、なによりファンの人達守れないなって

 

音楽業界の不振とかCDの売り上げ減退とか聞く中で誰か人に任せておく時代ではないのかもしれない

 

そして彼らは自分たちの音楽を自分たちの責任で届けることを徹底して活動しています。

 

そして去年行われた20周年を記念する東京ドームでのライブでは、VocalのTERUが「またこれから10年20年、俺たちは解散しないから。みんなでたくさんの夢を叶えていきましょう」と宣言。この言葉がファンにとってどれほど暖かく、支えになっているか(涙)。現在では毎年のようにツアーを組み、ライブ中心の活動でファンに愛されています。

 

この彼らの姿を目の当たりにしてきたからこそ、SMAPには解散して欲しくない、きっと独立して干されてとしてもたくさんのファンがついてるSMAPなら大丈夫だろうと勝手に考えていました。GLAYとは結成の理由も、活動の内容も違うけれど、でもSMAPがアイドルとして最初にバラエティで司会をこなしたりコントをやるようなパイオニアであったように、もう一度、他のアイドルに新たな道を示せるような活動ができればいいなと思います。

 


GLAY - MIRROR